東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8768号 判決 1976年1月28日
原告
富士通商株式会社
右代表者
池田寛
右訴訟代理人弁護士
柳原武男
右輔佐人弁理士
斎藤侑
被告
株式会社 大都製作所
右代表者
木原茂
右訴訟代理人弁護士
藤本博光
右輔佐人弁理士
秋元輝雄
主文
被告は、別紙目録の説明書及び第二図ないし第五図に記載の「パチンコ球計数器」を製造し、販売してはならない。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一、原告
主文と同旨の判決
二、被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。との判決を求める。
第二 請求原因
一、原告は、次の実用新案権の実用新案権者である。
考案の名称 パチンコ機械
出願日 昭和三九年二月二〇日
出願番号 実用新案登録願昭三九―一二二二八
公告日 昭和四一年四月七日
公告番号 実用新案出願公告昭四一―六八二九
登録日 昭和四九年一月一〇日
登録番号 第一〇二五〇九六号
二、本件考案の願書に添付された明細書(以下「本件考案の明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「使用球函1の一側に溢出口2を設け、盗出口2と排出筒3とを連通せしめ、排出筒3内に鎖車状駆動輪4をのぞませ、駆動輪4と積算計5とを結合したパチンコ機械において、該積算計5の各目盛環6の側壁にハート形カム7を形成し、各ハート形カム7の突棒8と押釦9とを連動可能に結合し、その押釦9をパチンコ機械の裏面に突出せしめたパチンコ機械。」
三、本件考案の構成要件は、次のとおりである。(以下本件考案の説明について使用される番号は、別添実用新案公報――以下単に「公報」という――の図面に記載のものを指す。)
(1)(イ) 使用球函1の一側に溢出口2を設け、
(ロ) 溢出口2と排出筒3とを連通せしめ、
(ハ) 排出筒3内に鎖車状駆動輪4をのぞませ、
(ニ) 駆動輪4と積算計5とを結合した
パチンコ機械において、
(2)(イ) 該積算計5の各目盛環6の側壁にハート形カム7を形成し、
(ロ) 各ハート形カム7の突棒8と押釦9とを連動可能に結合し、
(3) その押釦9をパチンコ機械の裏面に突出せしめたパチンコ機械。
四、本件考案の作用効果は、次のとおりである。
(1) 前項三の(1)の(イ)ないし(ニ)の構造になつているので、溢出口を出たパチンコ球が、排出筒を通つて下方に流れる際の力で鎖車状駆動輪を回転させ、これによつて積算計を作動させる。
(2) 前項三の(2)、(3)の構造になつているので、パチンコ機械の裏面から押釦を押すという一動作で、積算計の目盛を短時間で零復帰させる。<以下略>
理由
一原告が本件実用新案権の実用新案権者であること、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
右争いのない事実によれば本件考案の構成要件は、次のとおりであると認められる。
(1)(イ) 使用球函の一側に溢出口を設け、
(ロ) 溢出口と排出筒とを連通せしめ、
(ハ) 排出筒内に鎖車状駆動輪をのぞませ、
(ニ) 駆動輪と積算計とを結合したパチンコ機械において、
(2)(イ) 該積算計の各目盛環の側壁にハート形カムを形成し、
(ロ) 各ハート形カムの突棒と押釦とを連動可能に結合し、
(3) その押釦をパチンコ機械の裏面に突出せしめたパチンコ機械。
二被告が被告計数器を業として製造し、販売していること、右計数器が同じく被告の製造・販売にかかる被告電還機に接続して使用されるようになつていること、被告計数器の構造が別紙目録説明書及び第二図ないし第五図に記載のとおりであり、被告電還機の構造が第一図に記載のとおりのものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
原告は、被告計数器は本件考案に係るパチンコ機械の製造にのみ使用されるものであるから、これを業として製造し、販売する行為は実用新案法第二八条により、いわゆる間接侵害として本件実用新案権を侵害するものとみなされると主張するのに対し、被告は、被告計数器のうちのカウンター装置部分が本件考案に係るパチンコ機械の製造にのみ使用される場合でなければ、間接侵害の主張としては無意味であるところ、カウンター装置部分は計数関係において一般的に使用されるものであり、パチンコ機械の製造にのみ使用されるというものではないから、カウンター装置を製造・販売しても原告の本件実用新案権を侵害することにはならないとの趣旨を主張する。被告の右主張は、次に述べるとおり、その理由がない。すなわち、原告は、被告計数器が本件実用新案権の間接侵害を構成するものとして、被告に対しその製造・販売の差止を求めているのであつて、被告計数器のうちのカウンター装置部分だけが間接侵害を構成するとしてその製造・販売の差止を求めているわけではないから、前認定の本件考案の構成要件(2)に当るものがカウンター装置部分のみであるかどうかは、探究する必要のないことである。しかも、別紙目録の記載によれば被告計数器は、カウンター装置部分とその他の部分とが一体になつて構成されているものと認められるから、仮にカウンター装置部分が他の部分と分離しうるものとしても、その分離されたカウンター装置のみで本件実用新案権の間接侵害を構成しうるかどうかを論ずべきものではない。
三ところで、被告電還機がパチンコ機械の製造にのみ使用される物であることは当事者間に争いがない。そこで、前記本件考案の構成要件との比較の便宜のために、被告電還機の構造を本件考案の構成要件に対応させて分説すると次のようになる。
(1)'(イ)' 貯留槽7の側壁付近に溢出口17を設け、
(ロ)'(a)' 溢出口17は排出口19、排出樋20を経て通路39に連通し、
(b)' 通路39はその先端がプレート32と共に筒状になるように形成し、
(ハ)' 右通路39の先端と間隙を有して相対する軸受板38を直角に折り曲げて形成された通路38内に鎖車状駆動輪35をのぞませ、
(ニ)'(a)' 駆動輪35とチエーンホイル36とを同軸に固定した軸杆37を取付け、
(b)' カウンター装置34には外部に突設した駆動輪46が設けられており、
(c)' 駆動輪46とチエーンホイル36との間にエンドレスチエーン47を懸架して関連的に駆動させるように構成し、
(2)'(イ)' カウンター装置34の各目盛環48の側壁にハート形カム49を形成し、
(ロ)' 各ハート形カム49の突棒50と押釦51とを連動可能に結合し、
(3)' 計数器は、パチンコ機械に取付けたときその背面に位置する。
四そこで、本件考案と被告電還機とを対比する。(被告電還機は、パチンコ機械そのものではないから、以下の対比において、本件考案の構成要件からパチンコ機械そのものが除かれることは当然である。)
(一) 前記被告電還機の構造(以下単に「被告構造」という。)の(1)'の(イ)'ないし(ハ)'は、本件考案の構成要件(以下単に「構成要件」という。)(1)の(イ)ないし(ハ)と同一である(この点については、被告もこれを明らかに争つていない)。
(二) 被告構造(1)'の(ニ)'は、構成要件(1)の(ニ)を充足する。
被告は、本件考案は、その実用新案登録出願前公知であつた、パチンコ機械の裏面に積算計を取付ける、という技術において、その公知の積算計の代りに他の公知の積算計を置換えたものにすぎず、当業者であれば何らの考案力も要しないで達しうる技術であり、本件実用新案権は実質的には無効というべきであるから、その権利の範囲は本件考案の明細書に図示された実施例のものに限定されるところ、本件考案においては駆動輪と積算計とが直接に結合されているのに対し、被告電還機においては駆動輪とカウンター装置とは直接に結合されていないから、被告構造(1)'の(ニ) 'は、構成要件(1)の(ニ)を充足しないとの趣旨を主張する(第二の四)。しかしながら、パチンコ機械の裏面に積算計を取付けること並びにハート形カムをもつた積算計がいずれも公知であつたとしても、この両者を結合することが当業者にとつてきわめて容易であつたとの点についての立証はないのみならず、仮にその立証がなされたとしても、そのこと自体で本件実用新案権が無効になるものでないのはもちろん、そのことから直ちに本件実用新案権の権利の範囲が明細書の実施例の範囲に限られるものとすることもできない。特に、本件考案においては、その実用新案登録請求の範囲の項に、「駆動輪4と積算計5とを結合したパチンコ機械において」と表現され、パチンコ機械は本件考案の前提であつて、考案の要点は「積算計5の各目盛環6の側壁にハート形カム7を形成し、各ハート形カム7の突棒8と押釦9とを連動可能に結合し、その押釦9をパチンコ機械の裏面に突出せしめた」点にあるものと認めることができるから、その前提要件たるパチンコ機械の構造が実用新案登録請求の範囲の記載を離れて、狭く明細書の実施例の範囲に限定されるものと考えるのは妥当ではない。本件考案においては駆動輪と積算計との結合には、その方法に限定が付されていない。被告の主張は理田がない。
(三) 被告構造(2)'は構成要件(2)を充足する(この点については、被告もこれを明らかに争つていない)。
(四) 被告計数器は、パチンコ機械に取付けたとき、その背面に位置するから、結局押釦51はパチンコ機械の裏面に突出していることになり(別紙目録第一、第四、第五図参照)、被告構造(3)'は構成要件(3)を充足することになる。
被告は、本件考案でいう「パチンコ機械の裏面」とは、パチンコ遊戯場において、パチンコ機械の裏面が互に向い合うように並べて設置され、その裏面間に人が入つて種々の操作をしうるようにされているその裏面をいうものであるところ、近時パチンコ遊戯場では、パチンコ機械をそのように設置するところはなくなつたから、もはや本件考案でいうパチンコ機械の裏面なるものは存せず、結局被告計数器も構成要件(3)を充足しないとの趣旨の主張をする。
従来のパチンコ機械においては、積算計の各目盛環の表示を零にするためには、管理者がパチンコ機械の下方の狭い場所に身をかがめて目盛環の数字を見ながら作業を行わねばならなかつたので時間及び労力が余分に必要であつたのを、本件考案はパチンコ機械の裏側に突設してある押釦を押して各目盛環を零にすることによつて時間及び労力を節約するという課題を解決したものであることは、成立について争いのない甲第二号証の二(本件実用新案公報)及び甲第三号証に徴して明らかである。しかし、仮に被告の主張するように、本件実用新案登録出願当時と現在においては、パチンコ遊戯場のパチンコ機械の設置方法が異なるとしても、そのことによつて直ちに本件考案が解決しようとした課題が消滅してしまうわけではなく(管理者がパチンコ機械の下方の狭い場所に身をかがめて機械の調整を行う必要はなくなるかも知れないが、目盛環の数字を見ながら数字を零にするという手間と労力を省くことへの解決課題は依然として残るものと考えられる。)、本件実用新案権の権利範囲がそのことによつて狭くなつてしまうということもない。被告主張によれば、現在では、パチンコ遊戯場においては、パチンコ機械は互いに裏面を接するように並べて設置され、機械を修理したり、メーターを確認したりするときには、表側から機械を回転させてするというのであるから、被告主張によつてもまさにパチンコ機械には裏面があり、そして前認定のように、被告計数器には、パチンコ機械の裏面に突出するように押釦が装置されているがゆえに、被告構造(3)'は構成要件(3)を充足するものといわなければならない。被告の前記主張は理由がない。
五以上に説明のとおり、被告電還機は本件考案の構成要件のすべてを満足するものであり(ただし、前説明のとおり、被告電還機がパチンコ機械そのものであることを除く。)、被告電還機はパチンコ機械の製造にのみ使用されるものであるから、業として被告電還機を製造・販売することは本件実用新案権を侵害することになる。しかして、被告計数器が被告電還機の製造にのみ使用される物であることは被告の明らかに争わないところであり、これを自白したものとみなされるから、被告が被告計数器を業として製造・販売することは本件実用新案権を侵害することになる。
六よつて、被告に対し被告計数器の製造・販売の禁止を求める原告の請求は理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(高林克巳 木原幹郎)(牧野利秋は転任につき署名押印することができない)
目録<省略>